私の視力が下がり始めたのは小学校4~5年生の頃です。
教室の前から3列目の席に座っていた時、
「黒板に書いてある字を読んでみて」と先生に言われ
目を向けると「見えない・・・ぼやけてる。」と
字を大きく書き直してもらったり
漫画みたいに手で目をこすった事をはっきりと覚えています。

「ああ、目が悪くなったんだ」と

気が付いた瞬間から下がり続けるばかり。
私、2つ上の姉がいるですが、姉も視力が悪く、
週末になると視力回復センターへ通っていました。
子供ながらに「なんか変なの」と感じながらも

センターに勧められるままに自宅では変な機械を使っていたりもしました。
「機械から超音波だか何だかが出て毎日15分目に当てるだけで視力回復!」
二人とも回復する気配は全くなく・・・。
毎日10~15分、機械を目に当て続けピーと言う音とともに
じっとしていなきゃいけないという苦痛の日々。
両目で2、30分。辛い。子供には重くて腕も痛いし(>_<)

視力低下は止まることなく
眼鏡を作り変えるペースは速くなりました。
中学2年生の時にはコンタクトへ切り替えそこからはずっとコンタクト生活です。

目は悪くなったら、眼鏡かコンタクトで矯正するものなんだと
残すはレーシックかオルケストラ何とかか・・・。

「回復センターなんて嘘じゃん」というイメージついてしまい
視力は回復するなんて概念は消え去り
「このまま一生コンタクトをなんだ」と受け入れていました。

いえ、諦めていました。
視力は片目0.04と0.02です。

見えないこと、コンタクトへの煩わしさは感じていたもの
特に視力回復するための行動は何もしていませんでした。

そんな中で
ある日、ヨガにはまりインドへ行くことに。
インドでは早朝から夜まで、1か月間、大好きなヨガを学びました。
シバナンダアシュラムという日本ではちょっとマイナーなポジションですが
中身は非常に濃く素晴らしかったです。

田舎町の国立公園に囲まれた中にある施設で
毎日、ライオンやらゾウやら色んな獣の声を聴きながら
生活をしていました。
インドにいる間はヨガに夢中でした。

「体が柔らかくなった」とか、「筋肉ついてきたな」とか
「ベジタリアンて毎日こんなんなんだ」「インド人て”自分大好き”な人多いな」とか。

視力がどうにかなるなんて全く意識の中に無かったです。
視力が上がっている事に気が付いたのは日本へ帰ってきてから。

数日経って友達とご飯へ行った時です。(気が付くの遅いですよね・・・。)
食事中にぱっとお店の時計を見た時
「ん?」と思いました。
もう一回見ました。
「あれ?」と思いました。

時計だけじゃなく壁に張ってあるメニューも見ました。
「え?気のせいじゃないよね・・・」
見えてるよね。いつもよりはっきりと見えてるけど、何で!?」
と、ようやく視力が少し戻っていることに気が付きました。

視力回復センターのおかげで
「視力は回復する」なんていう概念はみじんもありませんでした。
もちろん視力回復のためにインドへ行ったわけではありません。

完全なる副産物です。

そして、その時は単純に「ヨガってスゴイな。」と感じていただけです。

帰ってきてからは、デスクワークの仕事をはじめました。

「一年中繁忙期」のような会社でした。
瞬きも忘れて食い入るようにPCを見続ける日々、、、
すぐに視力は落ちます。眼精疲労にも悩みました。
コンタクトでは目が痛すぎて一日持ちません。
PC用の眼鏡に変えても改善されず、

とにかくすんごい辛いです。

人と目を合わせられないほどの眼精疲労が一番辛かった。
アイコンタクトが苦痛すぎて出来ない為に周りの人ともどんどん距離ができていきます。
決定打となったのは青空を見上げて「飛蚊症」に気が付いたときでしょうか。

「このまま目を傷めつけ続けたらいけない。」
「仕事はいくらでもあるけど私の体は一つしかないのだから。」

心からそう思ったのです。

「眼鏡をはずしたい。」
「子供のころのはっきりと見えていた世界へ戻りたい。」

そんな気持ちがきっかけで
眼精疲労解消と視力回復につながる事を試しはじめました。

ヨガではなくてね。
あの時のインドのどんな経験が目にとって良かったのだろうと
視力回復トレーニングと照らし合わせ、色々と試しています。

 

現在は、両目0.06→0.6まで回復中です。

 
そして強く思うのです。「目は良くなる!」と。
視力が下がってから15年以上たってからだって

 
0.1以下だって!

 

視力は戻るって知って欲しいです。